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有吉佐和子著『複合汚染』を読む

有吉佐和子著『複合汚染』を読む

原  強

1 著者について

 『複合汚染』の著者は作家・有吉佐和子です。1931年1月20日生まれ。和歌山市出身。1984年8月30日、急性心不全のため、53歳で死去しました。代表作は、『紀の川』、『華岡青洲の妻』『恍惚の人』『一の糸』など多数。『複合汚染』ももちろん代表作の一つです。

 

2 『複合汚染』の成り立ち

『複合汚染』は、1974年10月14日から1975年6月30日まで朝日新聞に連載されました。連載と同時に話題作となり、まだ連載が終わる前、1975年4月に単行本の『複合汚染』(上)が新潮社から出版されました。ひきつづき、同7月に単行本の(下)が出版されました。

1979年5月には、新潮文庫化されました。以来、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』とならび、ロングセラーになっています。

 

3 『複合汚染』の読後感

 個別の問題に入る前に、全体としての読後感を述べておきます。

この本は、1970年代に話題になった「環境汚染」問題を幅広くとりあげ、社会に警告したものです。出版当時、私自身、食品公害などについて消費者団体としてとりあげていたテーマでした。この本で取り上げられることが、実際に社会問題としてとりあげていたテーマと重なる部分が多かったので、力をいれて読んだ記憶があります。

今回、久しぶりに読んで、こんなに幅広い問題をとりあげていたのかと驚きました。実際の運動の現場では、その中のごく一部しかとりあげていなかったのだな、と思い出します。そして、消費者団体として、この本でとりあげられた個々の論点について、もっと掘り下げていくべきだったと反省させられました。

他方では、著者が作家であり、「小説」という形式で幅広い問題をとりあげているので、科学者が論文で取り上げるように、科学的な論証ができているのか、気になることが少なくないように思われます。出版当時、この著書に批判的な論者からは、この辺りが指摘されたように記憶しています。今回読み直してみても、やはり個々の論点についての論証が不足しているように思われました。

したがって、問題提起としては有意義な点が多いのですが、50年前の状況を踏まえた問題提起であることもふくめ、この本をもとに実際の問題解決につなげるためには、それぞれの論点を相当補強することが必要に思われました。

 

4 『複合汚染』が問題提起している論点メモ

 以下、この『複合汚染』が問題にしている論点をひろい出しておきます。

(1)「複合汚染」という概念について

 この本の書名にもなった「複合汚染」という概念を持ち出したことはとてもアピール度が高かったと言えます。著者は「複合汚染というのは、二つ以上の毒性物質の相加作用および相乗作用のことである」としています。当時、さまざまな農薬、化学物質などが多用されていましたので、個別の農薬、化学物質の影響だけでなく、「二つ以上の毒性物質」がクロスした場合の影響についてなんとなく問題が多いのではと思っている人々の心をつかむ問題提起になったと思います。

(2)食品添加物(農薬もふくめ)などによる食品公害

 具体的な問題として、農薬もふくめた食品添加物による食品公害の問題がとりあげられました。事例としては、AF2、タール系色素、DDT、BHC、水銀農薬、PCB、カドミウムの問題など、幅広くとりあげられています。この中のAF2、タール系色素など、いくつかの問題については、私自身が、消費者運動のなかでとりあげたものでした。

水銀に関しては、水俣病問題が社会問題化していましたし、『苦海浄土』の影響が強かった時期でした。農薬については消費者の問題であるだけでなく、ホリドールなど、生産者への影響についても問題になっていました。 

(3)農薬と化学肥料が「土」をだめにしている

 もうひとつの論点として「土」の問題がとりあげられます。安全な農産物を提供していくためには、健康な土が必要なのですが、現実には農薬と化学肥料の大量使用によって「土」がダメになっているというのです。ミミズがいなくなってしまう、土が死んでいるというのです。

そして、このことに気づいた日本有機農業研究会に集まる農家が、農薬や化学肥料にたよらない有機農業の可能性を求めてさまざまな取組みをはじめているのです。梁瀬義亮、須賀一男らが示す理念や目標のもと、山形県高畠町の青年農家や、奈良県五条市慈光会などの取組みがはじまっているのです。著者はこれらの農家などの現場に足を運び、そのレポートを行っています。

また、他方で、安全な農産物を求める消費者の動きがはじまり、農家の動きと、それぞれが結びつきはじめているのです。

このような取組みのなかで、レイチェル・カーソンと『サイレント・スプリング』にも目が注がれたというのです。すなわち、『複合汚染』でレイチェル・カーソンと『サイレント・スプリング』を知ったという消費者が『サイレント・スプリング』を探し求めてあるいたということも伝えられています。『サイレント・スプリング』が『沈黙の春』のタイトルで新潮文庫化されるのもこの時期のことです。

(4)合成洗剤と石けん

 合成洗剤の使用が環境に影響を及ぼしていることも大事な論点になっています。合成洗剤は界面活性剤として分解しにくいABSやLASを使用しており、これが環境汚染の原因になっているのです。したがって、これに代わる石けんを使用しようという運動が広がっていたのです。

 この『複合汚染』の話題提供の影響もあったでしょうが、当時、私たちの京都でも、「命の水がめ」というべき琵琶湖の汚染を防ぐために石けん使用を県民運動として広げていた滋賀県の取組みに学びながら、合成洗剤追放、石けん使用の運動がよびかけられ、広がっていました。

(5)畜産現場の問題

 『複合汚染』では、畜産現場の問題にも目が向けられています。

当時、畜産の「近代化」がさけばれ、多頭飼育、ケージ飼いなどが広がっていました。こういうなかで、家畜の病気の問題、牛乳汚染や飼料添加物の問題が話題になりました。

 私たちの身辺でも、ケージ飼いタマゴと平飼いタマゴの比較検討が話題になりました。また、「タマゴは工業製品か?」という問いかけもされました。

 2000年代になってからのことですが、「鳥インフルエンザ」の問題やBSEの問題に直面し、食の安全を考える機会が増えました。

 

 そのほか、『複合汚染』では、化学物質汚染や残留農薬などの胎児への影響の問題など、幅広い問題提起がされています。

 

ただ、繰り返しになりますが、『複合汚染』では、多くの問題提起がされていますが、科学的な論証ができているのか、気になることが少なくありません。また、出版から50年も経過していますので、私たちが直面しているさまざまな問題の解決につなげるためには、『複合汚染』で話題提供されたそれぞれの論点について相当補強することが必要でしょう。

消費者側の対応としても、当時は「疑わしきは使用せず」ということで対処することが多かったし、それですんだのですが、今日では「ゼロリスク」はないという立場にたって、どのようなリスクがあるのか、それはどの程度のリスクなのかなど、企業や行政との間で「リスクコミュニケーション」を深めていくことの重要性が認識されるようになっています。

 

それでも『複合汚染』のもった役割はとても大きかったと思います。

これからレイチェル・カーソン没後60年記念事業の準備に入るのですが、今回は食と農の持続可能性、農薬や化学肥料にたよらない農業のあり方などがテーマになる予定です。

このテーマを考えていくうえでは、『沈黙の春』はもちろんですが、やはり『複合汚染』も議論の原点としておさえておく必要があるのではないかと思っています。

 

 

※この論稿は、9月20日行われたレイチェル・カーソン関西セミナーでの報告をもとにしています。

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